見えない神に頼る
お互い生きていく上でいろいろの不安、また脅迫めいたことがあるでしょう。しかし神の名をしることほど、恐ろしい力の発動はありません。この見えない神の力に頼ってゆきとうございます。これを信仰といいます。
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お互い生きていく上でいろいろの不安、また脅迫めいたことがあるでしょう。しかし神の名をしることほど、恐ろしい力の発動はありません。この見えない神の力に頼ってゆきとうございます。これを信仰といいます。
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主イエスは愛する者らに、人力の限界状況に追いやっても、祈り叫ばせて、御自身の生命ある力を与えんとされるのです。もう絶望だ、駄目だ、と思われる時こそ、キリストが来臨し、救助し給う最善の時期です。祈り祈ってください。
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信仰とは、弱い自己の中をみつめることでなく、上を、神を見上げることである。自己逃避の心を転じて、全能の神に逃避する心をもつに至ることが、魂にとって真の救いなのであります。自分ばかり見つめている限り、信仰はわかるものではありません。
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信仰こそは人生の問題を動かし、困難な事件を解決し、人の運命を一変させる大原動力です。信仰者の生涯とは、驚くべき事の連続です。それは、信仰によって行動する時、神が偕に動き、問題に働き給うからです。
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代償の真理-神が何かを奪ったようにみえても、決して奪ってはい給わない。いな、神は他に何かを与えよう、他にもっとよきものを与えよう、としているためであります。
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なぜ祈るのか。それは祈らなくては神が人間に何も与えない、あるいは神が人間の必要に気づかないからではない。祈りの態度においてこそ、神が与えたいと願う祝福を受け取るのに、さらに祝福の与え主を迎えるのに、もっとも適しているからである。
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Hitch your wagon to a star in heaven! 汝の車を天上の星に繋げ (エマーソン)
車は、天に繋げられるものではない。しかし、いつも天上を見て天の旅人として生きよというのです。
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来るべき霊的黄金時代のために、キリストの霊は鮮やかに働きつつあり給います。我らはその一兵卒です。心を励まし祈りながら生きてください。
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