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2008年9月

見えない神に頼る

お互い生きていく上でいろいろの不安、また脅迫めいたことがあるでしょう。しかし神の名をしることほど、恐ろしい力の発動はありません。この見えない神の力に頼ってゆきとうございます。これを信仰といいます。

(手島郁郎『詩篇講話』より)

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限界での祈り

主イエスは愛する者らに、人力の限界状況に追いやっても、祈り叫ばせて、御自身の生命ある力を与えんとされるのです。もう絶望だ、駄目だ、と思われる時こそ、キリストが来臨し、救助し給う最善の時期です。祈り祈ってください。

(手島郁郎『カリスマ的信仰』より)

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神を見上げる

 信仰とは、弱い自己の中をみつめることでなく、上を、神を見上げることである。自己逃避の心を転じて、全能の神に逃避する心をもつに至ることが、魂にとって真の救いなのであります。自分ばかり見つめている限り、信仰はわかるものではありません。

(手島郁郎『霊響録』より)

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信仰の力

 信仰こそは人生の問題を動かし、困難な事件を解決し、人の運命を一変させる大原動力です。信仰者の生涯とは、驚くべき事の連続です。それは、信仰によって行動する時、神が偕に動き、問題に働き給うからです。

(手島郁郎『カリスマ的信仰』より)

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神は与えてくれる

 代償の真理-神が何かを奪ったようにみえても、決して奪ってはい給わない。いな、神は他に何かを与えよう、他にもっとよきものを与えよう、としているためであります。

(手島郁郎『四つ葉のクローバー』より)

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祈る理由

 なぜ祈るのか。それは祈らなくては神が人間に何も与えない、あるいは神が人間の必要に気づかないからではない。祈りの態度においてこそ、神が与えたいと願う祝福を受け取るのに、さらに祝福の与え主を迎えるのに、もっとも適しているからである。

(スンダル・シング著作集『主の足もとにて』より)

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天上を見上げよ

 Hitch your wagon to a star in heaven!  汝の車を天上の星に繋げ (エマーソン)
車は、天に繋げられるものではない。しかし、いつも天上を見て天の旅人として生きよというのです。

(手島郁郎『老いゆけよ、我と共に』より)

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霊的黄金時代

 来るべき霊的黄金時代のために、キリストの霊は鮮やかに働きつつあり給います。我らはその一兵卒です。心を励まし祈りながら生きてください。

(手島郁郎『霊響録』より)

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