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2008年12月

キリストが宿れば希望は失われない

12月31日

私の心にキリストが宿って以来、ふしぎに私はいつも希望を失ったことがない。私は何事についても、いつも「最善はこれからだ」と言い続けて来た。探検者が、踏みゆく新しい土地を望んで胸ときめかすように、私の魂は躍る。

(手島郁郎『老いゆけよ、我と共に』より)

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過去を悔やむ必要はない

12月25日

過去が何であろうと、どのように惨めであったにしろ、さらさらそのことを悔やむ必要はありません。神がいったん、聖霊を息吹かせたもうならば、神の子イエスに似るような人間に変えたもうのです。

(手島郁郎『マタイ伝講話』より)

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信ずるものは永遠の生命を得る

                      12月24日

神はそのひとり子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の滅びずして永遠の生命を得んためなり。

(ヨハネ伝3.16)

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クリスマスに記念すること

12月22日

人間は決してつまらないものではない、神の目の前に尊いものです。なぜならば、人間は、神の霊が注がれるときに新しい被造物となるからです。クリスマスこそ、これを記念する日です。

(手島郁郎)

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死を越えて実在するキリスト

12月20日

私は死ぬために生きない、生きるために死んでゆく。これキリストの死生観である。私はいわゆる十字架を信じない。十字架以上を信ずる。生を貫き、死を越えて実在するは、キリストである。生死を透脱してもはたらくは、キリストの霊である。

(手島郁郎『老いゆけよ、我と共に』より)

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キリストとともに歩く

                       12月19日

行く末遠く 見るを願わじ
一足また一足 導き行かせたまえ(ニューマン)
これ生ける神を知る詩人の声です。これこそ真の信仰です。キリストと共に歩く人間は強い。キリストが教え、霊感したもうから、行く末いかにと案ずることはない。何も恐れることはないのです。

(手島郁郎『詩篇講話』より)

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神秘な世界の高峯

                      12月17日

向上しようという意志がなく、人ばかり見ておりますと堕落します。わたしは、人を見たり自分を見つめたりせずに、グングン昇ってゆきたい。もっと神秘な世界の高嶺に昇ろうと、自分に言い聞かせております。

(手島郁郎『マタイ伝講話』より)

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神の生命を受け取る

12月15日

誰でも、自分の現在の境遇が不遇であることを嘆かぬがよい。大事なことは、神の生命を受けとって立ち上がることです。

(手島郁郎『マタイ伝講話』より)

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持ち場を生かして歩き抜く

12月14日

キリストは私たちと共に生きて、魂を励まし、慰め、強め、囁き、教え給います。だから、私たちは力を奮い起こして人生を歩いて行けます。それが、たとえ小さな台所の片隅でも良いではありませんか。精一杯持ち場を生かして歩き抜くことが信仰です。

(手島郁郎『詩篇講話』より)

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我々を取り巻く天使の存在

び12月13日

私たちが絶体絶命の窮地に陥って非常な恐怖感に襲われるとき、天使の存在を感じることができたら、大いに平安を回復することができます。私たちは決して自分ひとりで生きているのではない。自分を生かし保護していてくださる神がいまし、その神の手先となって用いられる地上の天使が私たちを取り巻いていることを悟るべきです。

(手島郁郎『詩篇講話』より)

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聖なる衝動

                      12月12日

人間が生物である以上、生物的衝動が起こるのは当然だが、聖霊を受けては神聖な衝動が起きます。聖なる衝動が自分を占領する時に、私たちは低い欲望がかげをひそめて、神に聞く者と変わります。

(手島郁郎『カリスマ的信仰』より)

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人生は魂の学校

12月11日

地上の人間は轆轤上の可塑性な土塊、人生は魂を鍛錬するための魂の学校である。死は人生の最期でない。この世は最後の世界ではない。来世のための準備の場所である。私には光の寄せる彼岸こそ、切実に慕われてならない。

(手島郁郎『老いゆけよ、我と共に』より)

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聖霊が注入される方法

12月10日

自分をオープンにし、信じ望んで、開け放ち、全託する、これが神のみ前に出る時の姿勢です。すっかり自分を投げ捨て、神様! と言って近づいて行くことです。そうすると、聖霊によって神の愛が、心の中に流入してくる。そして、いつの間にか愛の人に変えられる。天使のおもかげを宿すような人に変えられる。

(手島郁郎『カリスマ的信仰』より)

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