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もし私たち幕屋の友に、聖霊の交流せぬ病める霊魂あるならば、「我が身をもてキリストの患難の欠けたるを補う」(コロサイ書1・24)ほどに、愛の疼痛が私に感ぜられて来なければならない。省みよ、友の霊魂を!
2009年7月 4日 (土) | 固定リンク
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